大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(オ)633号 判決

亡山田淳一訴訟承継人

上告人

山田保子

外九名

右一〇名訴訟代理人

古田進

被上告人

金光春雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人古田進の上告理由一について

民訴法五四六条所定の執行文付与に対する異議の訴と同法五四五条所定の請求に関する異議の訴とは、目的を異にする別個の訴であつて、前者の訴における審理の対象は、債務名義に表示された条件が成就したものとして執行文が付与された場合における条件成就の有無、又は承継執行文を付与された場合における債務名義に表示された当事者についての承継の存否のみに限られ、その請求の原因として、後者の訴により主張すべきものと定められたいわゆる請求に関する異議事由を主張することが許されないものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四〇年(オ)第五〇〇号同四三年二月二〇日第三小法廷判決・民集二二巻二号二三六頁、同昭和五五年(オ)第五一号同年五月一日第一小法廷判決・裁判集民事第一二九号登載予定参照)。 したがつて、後訴である請求に関する異議の訴において、前訴である執行文付与に対する異議の訴における事実審の口頭弁論終結の時までに生じていた請求に関する異議事由を主張することを妨げないのであつて、このことは、前訴である執行文付与に対する異議の訴において執行文付与に対する異議事由として構成して主張した事実関係をもつて同時に請求に関する異議事由として構成して主張することができる場合においても同様である、と解すべきである。

本件についてこれをみるに、被上告人は、前訴においては被上告人が訴外井上作太郎から原判示の旧建物を買受けたことによりいつたんは発生した井上の承継人としての地位がその後亡山田直平と被上告人との間に本件土地についての賃貸借契約が成立したことによつて消滅したとの見地から右賃貸借契約成立の事実をもつて執行文付与に対する異議事由と構成して主張したが、本訴においては、右賃貸借契約が成立したことにより債務名義に表示された本件土地に対する明渡請求権が訴外井上の承継人である被上告人との関係においては消滅したとの見地から右賃貸借成立の事実をもつて請求に関する異議事由と構成して主張するものであるから、被上告人が本訴においてこれを主張することを妨げる理由はない、といわなければならない。してみれば、これと結局同旨に帰する原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の判断は、第一審判決のように被上告人主張の賃貸借の成立の事実を本訴における異議事由として主張することが許されないものと解する以上、第一審としては訴却下の判決をすべきものであつた、というのであり、原審は、このような見地から、本件を控訴審として裁判するにあたつては、原則として、民訴法三八八条が適用されるべきものであることを前提として本件につき自判をすることの当否を論じているのである。しかしながら、第一審判決の趣旨は、前訴である執行文付与に対する異議の訴における事実審の口頭弁論終結時までに生じた請求に関する異議事由については、これを後訴である請求に関する異議の訴によつて主張することができなくなるにとどまるのであつて、右前訴の口頭弁論終結後に生じた請求に関する異議事由を右後訴において主張することをも許されないとするものでないことは、その判文に照らして明らかであり、後訴である本訴において後者の異議事由の主張があれば当然に本案の審理をすべきことになるのであるから、他に適法な異議事由の主張がないからといつて、直ちに訴が不適法になるというものではない。そして、第一審もまた、この見地に立つて他に適法な異議事由の主張のないことを理由として請求棄却の本案判決をしたものであつて、その判断は正当というべきである。してみれば、第一審が本訴を却下すべきものであつたことを前提として民訴法三八八条の適用の当否を論じた原審の判断はその前提を誤つているといわなければならず、原審が同条を適用して本件を第一審に差戻さなかつたことを非難する論旨もまたその前提を欠くものというべきである。

もつとも、民訴法三八九条によれば、控訴裁判所は、同法三八八条に該当する場合のほか、第一審判決を消す場合において事件につきなお弁論を必要とするときはこれを第一審裁判所に差戻すことができる旨を定めており、論旨もまた、原審が同法三八九条を適用して本件を第一審に差し戻すべきであつたにもかかわらず、その措置に出なかつたことの違法をいう趣旨を含むと解する余地がないではない。しかしながら、同条により第一審に差戻すか否かは原則として控訴裁判所の裁量に委ねられるものであるところ、原審における当事者双方の主張・立証の態度及びその内容など本件訴訟の経過に徴すれば、原審が本件を第一審に差戻すことなく自判をしたことがいまだその裁量の範囲を逸脱するものとは認められない。してみれば、原審の措置には、原判決の結論に影響を及ぼすべき違法はないことに帰するから、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人古田進の上告理由

一、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

原判決は「請求に関する異議の訴と執行文付与に対する異議の訴とは、その目的、効果を異にし、更に民訴法五四六条所定の事由は債権者において立証すべき事項であるのに対し、請求異議の事由は原則として債務者の立証すべき事項であるという相違にもこのことがあらわれていて両訴は別個の訴であると解すべきである。」とし被上告人が本訴において前訴と同一事由である賃貸借契約を主張することは妨げられず本訴が不適法であるとする上告人の主張は失当であるとする。

(一) 本件債務名義につき被上告人として執行文の付与を受けた理由は被上告人が本件債務名義である和解調書の債務者である訴外井上作太郎より本件収去の目的物である建物を買受けその所有者となりこれを占有するに至つたことによるものであつてこの事実は被上告人に於て争わず又その買受けた日時が和解成立後であることも明白であり争はない。

従つて被上告人が民訴法第二〇一条にいう承継人に該ることは明らかであるから被上告人もこの意味に於てその承継を争うものではない。

(二) 被上告人の主張するところは被上告人が本件家屋の所有者となりその占有をはじめて後上告人等先代より本件土地を賃借したからそのことを異議事由として本件債務名義の排除を求めるというにある。

従つて被上告人の主張するところは明らかに請求異議の事由であつて承継を争うものではない。

このように被上告人が前訴で主張したところは債務名義に表示せられた請求に関しその有する執行力に変動を与えるべき実体上の事由即ち新たな賃借を主張し執行力の排除を求めるものでこれらは明らかに請求異議の訴である。

被上告人が前訴において主張した異議事由は前述のように被上告人が本件建物を買受けた後上告人先代よりその敷地である本件土地を賃借したのであるから被上告人は訴外井上作太郎より本件土地に対する占有を承継したものでなく新たな占有をはじめたとしてその承継を争うものであり、その事由はまさしく被上告人が本訴において主張しこれによつて同一債務名義の執行力の排除を求めている事由である。

従つて何れの異議も異議原因となる事実は賃貸借関係の存在であり前訴本訴ともにこれが唯一の争点である。

このように見るとかりに両訴が別個の訴と見るにしても本件異議事由からすれば前訴は本訴の一態様と見る外なくその限りにおいて請求異議又は執行文付与に対する異議の何れの名称を用いても所詮同一の請求でありその何れかで主張し得た事由は別訴において主張することはできないものと解すべきが相当でありかつこれが強制執行制度の要請にもそう所以である。

前訴における被上告人の異議事由は原判決も認めるように賃貸借契約の成立により和解調書による請求権の消滅を主張するものでありこれは承継後に生じた事由であると同時に承継そのものを争うものではないから執行文付与に対する異議の訴によるべきものでなくあくまで請求異議の訴によつて主張すべきものである。

原判決の言うように両訴は別個の訴であるから前訴と同一事由である賃貸借契約を主張することは妨げないとすれば、一方の訴によつて敗訴し更に全く同一事由を主張し他方の訴を提起しうることとなり争点立証全く同一の訴をくり返すこととなりこれは執行の遅延につながること以外何らの利益のないこととなる。

本訴はまさにその適例であり全く同一の内容をもつた訴訟を二度くり返したというに過ぎない。

(三) このように考えると若し両訴を別個の訴と見るならばそれぞれの異議事由は別個である筈であり一方異議事由を他方の訴で主張することは許されない筈であり又一個の訴で両方の異議事由を主張できるとすれば一方の訴をもつて主張した以上他方に於て主張することは前訴の既判力により主張できなくなるものと解すべきである。

原判決が両訴が別個の訴であることから直ちに同一異議事由を再度主張しうるとしたことは法令の解釈適用を誤つたもので破棄を免れない。

二、原審が本件を第一審に差戻さなかつたのは法令に違背するものでありその違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第一審において実体審理が行われなかつたことは原審の認めるところであるから第一審判決を取消す以上第一審に差戻すべきが当然である。

なるほど原審の認定するように前訴を含めた訴訟の経過、本訴において被上告人主張の賃貸借契約の存在を認め得ないとすることなどから原判決の判断も首肯し得ないわけではないが、上告人が第一審に於ける実体審理の機会を失うことは反訴提起の機会を失うことになり必ずしも不公平でないということは言えない。

本件和解調書の執行力を失う場合に対応し上告人としては第一審に於て実体審理が行われるならば相手方の同意なくして予備的反訴を提起し得た筈でありその機会を失うことはある意味に於て不利益と言わざるを得ない。

原判決はこの意味に於て法令に違背するものと言わざるを得ない。

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